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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)2446号 判決 1991年3月22日

原告

東洋鉱業株式会社

右代表者代表取締役

金井義和

右訴訟代理人弁護士

高橋貞夫

右訴訟復代理人弁護士

伊藤静男

高橋二郎

水野弘章

補助参加人

株式会社エンタル

右代表者代表取締役

内田久勝

右訴訟代理人弁護士

谷口和夫

被告

関西電力株式会社

右代表者代表取締役

森井清二

右訴訟代理人弁護士

田中章二

佐治良三

右訴訟復代理人弁護士

後藤武夫

建守徹

太田耕治

渡辺一平

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、京都府採掘権登録第一七〇号第二中野鉱山内にある別紙図面上の「第一鉄柱」と記載された位置にある鉄塔を撤去せよ。

2  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれ対する昭和四四年一月一日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(鉱業権に基づく妨害排除請求)

(一)  鉱業権の取得

訴外宇野かな(以下「宇野」という。)は、昭和二六年一〇月二四日、訴外品川白煉瓦株式会社(以下「品川」という。)から、別紙目録記載の鉱区(以下「本件鉱区」という。ただし面積は四二二四アール。)についてマンガン鉱の試掘権移転登録を受け、同年一二月二七日、右鉱区についてマンガン鉱の採掘権設定登録をし(昭和三三年七月一七日に右鉱区の面積は二三七〇アールに変更登録され、更に同五五年九月一八日二二〇八アールに面積を修正した。)、もって、別紙目録記載の鉱業権(以下「本件鉱業権」という。)を取得した。その後、本件鉱業権は、宇野から訴外佐郷屋嘉昭(昭和四五年三月九日移転登録)、訴外牧和博(昭和四五年三月一六日移転登録)、原告(昭和四八年一月三〇日移転登録)に順次譲渡され、現在、原告が本件鉱業権を取得している。

(二)  鉱業権侵害の事実

本件鉱区内の別紙図面上の「第一鉄柱」と記載された位置にある鉄塔(以下「第一鉄塔」という。)は被告の所有であるところ、第一鉄塔の存在のために、鉱業法六四条により、第一鉄塔の周辺二〇ないし三〇メートルのところに幅三〇ないし四〇メートルにわたって開けられた二つの広い坑口(以下「本件坑口」という。)が使用できなくなり、それによって、本件鉱業権に基づいて、別紙図面上の「第二鉱床」と記載された位置にあるマンガン鉱床(以下「第二鉱床」という。)において、マンガン鉱を採掘することができなくなった。

(三)  鉱業権に基づく妨害排除請求を肯定すべき事情

(1) 鉱物資源の乏しいわが国において、鉱業権は重要で公共性を有する法的権利であり、本件鉱業権も同様に重要で公共性を持つものである。

(2) 第一鉄塔の存在により、前記の二つの坑口が使用できなくなったために、本件鉱業権の実施は不可能になった。したがって本件鉱業権実施のためには本件鉄塔の撤去が不可欠である。

2(権利濫用に基づく妨害排除請求)

被告が第一鉄塔を現在の位置に立てたことは、以下の事実によって、原告に対する権利濫用であるから、被告は、原告に対し、第一鉄塔を撤去すべき義務がある。

(一)(1)  被告は、建設省及び京都府とともに、大野ダムの建設に伴い、原告の前主である宇野との間で、昭和三三年四月一五日から同三六年四月三一日までの間、宇野が、本件鉱業権に基づくマンガン鉱の採掘を停止し、被告は、右期間経過後、宇野が、従前と同様に採掘を再開できることを保証する旨の契約を締結したが(以下「休業契約」という。)、被告は、この間に、第一鉄塔をはじめとする送電施設を本件鉱区内に設置したために、宇野は、右期間経過後における鉱業権を実施することができなくなった。これは、被告による休業契約違背である。

(2) 休業契約は、仮に被告が直接締結したものでなかったとしても、京都府及び建設省が、被告を代理してあるいは被告のために締結したものである。

(二)  被告は、宇野が、昭和三三年四月一五日から同三六年三月三一日までの三年間、本件鉱業権実施を休止していた間に、宇野に無断で、第一鉄塔を設置した。

(三)  被告は、第一鉄塔を、本件鉱区以外にもその設置に適した場所があるにもかかわらず、本件坑口に接近させて設置した。

(四)  被告は、第一鉄塔を設置した当時、その敷地を利用する権原は有していなかった。

(五)  被告が第一鉄塔を設置した当時、宇野は、本件鉱区内の土地を使用する権限を、和知町との話し合いによって、または時効取得によって、取得していた。

(六)  第一鉄塔をはじめとする送電施設は他の場所に移設することは容易である。

(七)  鉱業権の公益性は大きく、本件鉱業権も同様である。

3(不法行為に基づく損害賠償請求)

(一)  1(一)と同じ。

(二)  別紙図面上の「第一鉱床」「第三鉱床」「第四鉱床」とそれぞれ記載された位置にあるマンガン鉱床(以下、それぞれ「第一鉱床」「第三鉱床」「第四鉱床」という。)が浸水したために、右各マンガン鉱床において、マンガン鉱を採掘することができなくなってしまった。

(三)  右各鉱床における浸水は、本件鉱区内を流れる由良川の下流において、被告が昭和四三年一二月八日建設して設置した和知ダム(以下「和知ダム」という。)の貯水によるものである。

(四)  これによって、当時の本件鉱業権者が被った損害は、第三、第四鉱床だけでも第三鉱床の一八億四三二〇万円、第四鉱床の二億八八〇〇万円の合計二一億三一二〇万円に及んだ。

(五)  原告は、右損害賠償請求権を、本件鉱業権とともに、譲り受けたものである。

4(まとめ)

よって、原告は、被告に対し、本件鉱業権又は被告の権利濫用に基づいて、第一鉄塔の撤去を求めるとともに、不法行為に基づいて、損害金二一億三一二〇万円の内五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和四四年一月一日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実については、同1(一)の事実は認め、その余は否認する。

第一鉄塔は、京都府所有の大野発電所から電気を買い、それを送電するための重要な基幹送電線を支える施設であるから、高度の公共性を有するものである。

2  請求原因2の事実については、同2(二)の事実は認め、その余は否認する。

3  請求原因3の事実については、同3(一)の事実は認め、その余は否認する。

仮に、和知ダムによる貯水によって第一、第三、第四の各鉱床が浸水し、右各鉱床における本件鉱業権の実施ができなくなったとしても、以下の事実により、原告には、法的に保護すべき損害が生じたとはいえない。

(一) 原告は、第一鉄塔及び和知ダムの建設後において、実施不能であると自ら主張する本件鉱業権を取得した。

(二) 原告が訴外牧和博から本件鉱業権を取得した買取価格は、原告の損害を算定する上で重要な事実であるにもかかわらず、これについて、原告は全く主張していない。

(三) 本件鉱業権は、和知ダム建設前から今日に至るまで、全く実施されていない。

(四) 原告は、本件鉱業権実施のために不可欠な施業案の認可を受けていない。

(五) 原告は本件鉱区内において、地表の利用権原を有していない。

三  原告の反論

1(3(四)に対して)

(一)  原告は、自ら施業案の認可申請をして認可を受けたわけではないが、宇野の前主たる品川の施業案認可を承継取得した。

(二)  原告は施業案認可申請をしたが、第一鉄塔を含む鉄塔や高圧線などの送電施設の存在により、右申請は拒否された。

2(3(五)に対して)

(一)  原告は、宇野が和知町長から取得した本件鉱区内の土地使用権を、本件鉱業権とともに承継取得した。

(二)  原告は、本件鉱区内の土地利用権を時効取得したので、これを援用する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1(鉱業権に基づく妨害排除請求について)

(一)  請求原因1(一)の事実については、当事者間に争いがない。

(二)  請求原因1(二)について

(1)  <証拠>によれば、別紙図面の「一号鉄柱」とある部分に被告が京都府営の大野発電所から買いうけた電力の送電用に昭和三五年から翌年にかけて完成させた鉄塔(第一鉄塔)が存在すること、第一鉄塔は本件鉱区内に存在するが、その敷地部分は当初は国有地であり、その後は和知町所有となったところ、被告は当初は国から、次いで和知町から占有許可を受けて土地使用権を取得したこと、第一鉄塔の北側にはマンガン鉱床(第二鉱床)があり、その残存埋蔵量は約四七九トン(乾量)、平均品位マンガン三五パーセントと推定され、月産四〇トンとすれば約一年で採掘が終る量であって、第一鉄塔から五〇メートルの範囲にすべて入ってしまう規模であること、第一鉄塔の設置場所から北へ約三〇ないし四〇メートル下がった所に右第二鉱床に行く坑口が二つあることが各認められる。<証拠判断略>

以上の事実によれば第二鉱床はその五〇メートルの範囲内に設置された被告の送電用第一鉄塔によって鉱業法六四条に基づき鉱物の採掘につき一定の制限を受ける結果になったものといわねばならない。

(2) 鉱業権は鉱区内における登録をうけた鉱物を地中から排他的、独占的に採掘取得する権利である。しかしながら右はあくまで地中における鉱物に対する支配権であるから、鉱業権者が、地表において土地を使用したい場合には土地所有者と契約することによって土地使用権を取得するか、或いは鉱業法一〇四条ないし一〇七条によって土地の使用収益権を取得するべきである。

これに対し土地所有権は、法令の制限内で当該土地の上下に権限を行使しうるのであるから、鉱業権の設定のなされた土地であっても、前記のようにして私的に、或いは鉱業法所定の手続を経て土地使用収益権を設定しない限り自由にこれを行使しうるものと解される。

してみれば証拠上前記地上に対する権利を有するとは認められない鉱業権者にすぎない原告が、正当に土地使用権を有する被告に対し、鉱業権に基づき妨害排除請求出来ないことは当然である。したがって、仮に鉱業法六四条に基づく管理庁等の承諾が得られなかったとしても右は受忍すべき範囲のものと解される。

仮に鉱業法六四条による制限を鉱業権者が当然に受忍すべきではなく、以下のとおり考えられるとしても、原告の被告に対する妨害排除請求はこれを認めることはできない。即ち、鉱業権者は鉱区内の地下については、他人の正当な利益を侵害しない限り、鉱業権の当然の効果として、採掘に必要な範囲を自由に利用することが許されると解されるところ、被告の第一鉄塔の設置によって原告は第一鉄塔から地表地下とも五〇メートルの範囲内の鉱物を採掘するにつき制限を受けることになったものであり、被告の第一鉄塔の設置が鉱業法六四条の適用を通じて鉱業権者である原告の地下使用権と衝突することになる。この様な場合における原告の被告に対する妨害排除請求は右請求権の根拠たる本件鉱業権と、原告が撤去を求める第一鉄塔のそれぞれについて、公共性の有無と程度、第一鉄塔から五〇メートルの範囲内にある地下を利用すべき必要性の程度と右利用ができないことによって受けるべき損害の程度などを相関的に比較衡量して決するのが相当である。

かかる観点からこれを具体的に検討すると、

ア  鉱業権は一般に公共性を認めることができるが、第二鉱床そのものが公共性を有するか否かとは別問題であり、右鉱床が公共性を有することを基礎付ける具体的事実を認めるに足りる証拠はない。これに対し、第一鉄塔は京都府所有の大野発電所が発電する電気を送電するための重要な基幹送電線を支える施設であることが認められる<証拠>から、第一鉄塔には高度の公共性を認めることができる。

イ  第二鉱床の埋蔵量については先に認定したとおりであり、原告が採掘した事実がないことは勿論、原告の前主である宇野かなも昭和二九年頃まで採掘していたにすぎないことを考慮すると営利事業として疑問がないわけではない<証拠>。

ウ  以上の諸点に鉱業法六四条は公共営造物たる鉄塔の破壊等を防止するための公共の福祉のための一般的最少限度の制限にすぎず(最判昭和五七年二月五日民集三六巻二号一二七頁参照)、鉱物の採掘そのものを禁止するものではないことを合わせて比較衡量しても、原告は被告の第一鉄塔の撤去を到底求めることができない。

2(権利濫用に基づく妨害排除請求について)

妨害排除請求権を行使するためには、相手方によって侵害された状態にある物権的権利もしくはこれに準ずる権利が存在し、かつその権利が自己に帰属することが必要である。

しかるに、本件においては、原告は、被告の権利濫用の事実のみを主張するのみであって、右のような権利としては、本件鉱業権以外にはなく、鉱業権に基づく妨害排除請求権が前記のとおり認められない以上、被告の第一鉄塔の設置が権利濫用であることのみを理由とする妨害排除請求は失当である。

3(不法行為に基づく損害賠償請求について)

まず、請求原因3(二)の事実から検討するに、第一、第三、第四の各鉱床が浸水した事実に添う証拠として<証拠>があるが、<証拠>に照らして、たやすく信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、その余の原告主張の事実を検討するまでもなく、鉱床の浸水を理由とする損害賠償請求は理由がない。

二結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官笹本淳子 裁判官園田秀樹 裁判官渡邉和義)

別紙<省略>

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